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パメラの店の雰囲気や何故このジャンルの仕事をしているか? と取り上げる映画、音楽、旅などを視覚的に聴覚的に紹介していきます。

記憶の1枚めは LAS VEGAS GRIND VOL 3

これは1950年代後半から60年代初めの スリージーなバーレスクミュージックです。
コンピレーションアルバムで、A-side,B-sideすべてで21曲を収録しています。
僕も20年ほど前はBANDをしていまして、 とにかくこのアルバムの曲を模倣(カヴァー)していました。
お気に入りは A面の4曲目 The Bikinis “CRAZY VIBRATION” てSAXのインスト曲です。なんとフラメンコで使うパリージョ(カスタネット)から始まる実に妖しいエロインスト曲! 続いてB面の1曲目 Majestics “RIDING BY” こちらもややスピード感あるテナーサックスのインストです。
今の仕事を形成する中で確実に役立っている素晴らしい色気~メロディ~

続いて2枚目は JUNGLE EXOTICA VOL2

こちらもやはり1950年代後半から60年代中期あたりのバーレスク・R&R・プリミティブなリズム&ブルース・ラテンチューンされたサーフインストなどです。 A,B-side で18曲を収録しています。
お気に入りは Puddle Jumpers “SNAKE CHARMER” 激ヤバのカッコよさのサーフインスト曲! 1000回くらい練習したかな?危険な気持ちにさせてくれる曲。 最初のクレジットロールとかも斜めに乱暴に入れて溶けて消えるようなインデックスを使って、この曲から始める、映画を作りたいな~ 後は The Whips “YES MASTER” イエ~ス、マスタ~♪って面白いでしょ? ジャケ裏面はカワイイフラガールなんですが、曲とのイメージは全く違うけれど。。 ビザーロな感じなんです。

山本リンダ

僕がこうなってしまった理由には過去を洗ってくとそれなりに分析できます。まずは7~8歳の頃かな。初めて自分で買ったレコードが山本リンダでした。タイトルは 「どうにもとまらない」 とこの「狙いうち」 ですが、他にも少年には刺激的過ぎるタイトルが多かったですね~
70年代は本当にある意味ぶっ壊れていましたね。~僕は小学生とはいえ、彼女が世間のお姉さんとはビジュアルが違う!って気づいていました。まずはアイメイク。 目元がアイラインとアイラッシュでかなり恍惚的な魔性を嗅ぎ取っていました。
このイケナイ感じのイケナイ物を常に感じ取るアンテナがこの時期に形成されたのはあきらかにこのリンダでした。この頃からメイキャップに興味を持つこととなりました。

昭和の美人女優

こちらはどなたかお分かりですか? そう~、「江波杏子」さんです。 昭和の美人女優として和洋折衷したいでたちは女博徒師シリーズで大活躍されていたわけなんですが、そのころ僕は2歳くらいだからタイムリーで好きになったのではなく、高校時代あたりで知りました。渡世映画ではこの方と後は成田三樹夫が出演していることを確認しては観たものでした~ 着物に夜会巻きという日本人女性の伝統的なスタイルを過剰なまでに演出掛けたこの江波さんには高校時代は~。。」「映画のメイクに進もうかな~。。」「って気持ちにさせられたものです。
格好は和服ですが、メイキャップは完全に洋物ですね。。 やはりアイブロウ、チーク、アイライン、シャドウなど、ぼかしに興味がわいてきたのもこの頃でした。

アラビアン アイメイク

GOLDとオンブレの魔術!とでも申しましょうか。日本にはナチュラルメイクという言葉がある様にアピールではなくむしろ補正と控えのような考えなのか自分で出来るレヴェルのメイキャップといえます。アラビアンメイクは全く逆。VIXENな女という武器を最大限に演出するイケナイメイク!って感じですね。 70年代後半から80年代の年頃になるとエロ本(グラビア雑誌)を高校生の頃やはり観てましたが興味が行くところがやはりメイキャップと、ロケーション、アンディー(ランジェリー)、ポージング、などでした。中でもモデル達のメイキャップはやはりアラビアンメイクが基本であり、この妖艶な世界に入ってみたいと考え始めました。 僕にとっての方向性が増々ハッキ リしてきました

アラビアンメイク その2

こちらもやはりアラビアンメイクなんですが、アクセサリーがやや、インド、パキスタン、アフガニスタン辺りの感じもしますが。。妖艶さが伝わりますね。アイラインの位置を見てください~!目頭の位置も少し低めから始めてこのバランス!更にはCUT CREASE(ダブルライン)や EYELID(アイホール)も完璧にぼかし込んでます。これなんですよ!

THE PIZZ (Stephen Pizzuro) との出会い

偉大なローブロウペインターであり、後半はTattoo Artistとしても活躍していたPIZZ。カリフォルニア・ロングビーチ在住 2015年突然天国へ~ Rest in peace, Pizz.~ 90年代西海岸ではサーフ・スケーター・グランジ・オルタナ・パンク・サイコビリー・カスタムロッダー・バイカー・などのレコジャケやデッキ、タトゥーデザインからペインティングなど悪趣味なカッコいい美術とでも言ったらいいのか、ローブロウアートというジャンルが確立されていてゾッコンになってしまった僕ですが、そんなわけで毎年何回もロスからサンフランシスコのギャラリーに行ったものでした。その中でもとりわけ気に入っていた画家がそう~「PIZZ]なんです。1999年の彼の単独のエキシビジョンに招待され1点買い付けることができ、96年に購入したものと入れて4作品目でした。この時は勇気をもって「自宅にいってみたい~」のリクエストに、「プリショー!」の気軽な即答に 驚きましたが、勢いでロングビーチの自宅にFAXで届けられた手書きの地図を見ながら何とか到着したものでした。

コロニアル調のかっこいいお家は竹藪もあって、もう庭から建物、調度品にわたるすべてが作品という感じでした。ガレージには58’インパラがカスタムされてて良いコンディションで停めてあります。 この頃から数えて16~7年の中、来日するときはいつも一緒に奥さんと、3人でいろんなところに行きましたね~。懐かしいですね 私にとって最も尊敬する兄貴のような、アーティストでした。

LA PUPPLA DAHLIA

彼の作品のLA PUPPLA DAHLIAを96年に購入し現在は自宅保管ですが、PAMELAS店内にはこの作品をラミネートに複写して壁一面にバックライトで飾ってあります。

高田誠一さん

80年代日本を牽引した最高にカッコいいROCKABILLY BAND 「Black Cats」のVo でした。
原宿のガレージパラダイスの定員だけで構成されたバンドとして、大変な人気でした。 個人的にはサードアルバムの「いとしのベリンダ」とか「ピンクのレモネード」とかが好きでした。

僕も高校生の頃 ロカビリーバンドを模倣してコピーバンドをやりました。ミッドセンチュリーの魅力を存分に伝授してくださいましたCREAM SODAの皆さまには大変感謝しています。ヘアスタイルから家具、そしてファッション、音楽と、ティーンネイジャーの敏感な頃の感性を満たしてくださいました。それがきっかけでいつか高田誠一さんに会うことができたらいいな~。とか髪の毛を担当出来たら夢のようだなぁ。とか思って上京したもんでした。 そんな雲の上のような人のその夢が叶のってしまい94年から99年まで渋谷の私の店「MAJESTRIX]にお越しいただき,壱、お客様として、更にはプライベートでも大変可愛いがっていただきました。2004年に突然のお別れとなりましたが今 も尚、私の中でしっかりと刻んでおります。 ”僕が出会うことができた一番のハンサムな日本男児”” 安らかに~